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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)46号 判決

原告 安島旭吉

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告は、「昭和三十年抗告審判第一、三六二号事件について特許庁が昭和三十三年九月十六日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二、請求の原因

原告は請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、その発明にかゝる「透明紙又は布の製造法」について、昭和二十九年五月二十四日特許を出願したところ(昭和二十九年特許願第一、〇五二六号事件)、昭和三十年六月十日拒絶査定を受けたので、同月十八日右査定に対し抗告審判を請求したが、特許庁は、昭和三十三年九月十六日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月三十日原告に送達された。

原告の出願にかかる右発明の要旨は、「紙又は布の片面又は両面に、ヴイニール系合成樹脂を主成分とする塗料を塗附乾燥、圧搾して透明なる紙又は布を得る方法」であるが、審決は特許第一四二九九三号明細書を引用して、これと原告の発明とを比較し、本件発明は、前記明細書記載の方法に比し実質上差異のないのであるから、特許法第四条第二号に該当し、同法第一条の特許要件を缺くものであるから、特許することができないとしている。

二、しかしながら審決が引用した特許第一四二九九三号明細書は、原告の権利に属する特許第七八〇六六号及び追加特許第八六九二四号表装用布製造法と同一要旨であり、何等新規性は少しも認められない架空的な想像に過ぎない発明であり、原告の特許権を侵害するものであるのはもちろん、変質的な故意重大な過失による存在であつて、かゝる特許が存続することがそもそも誤りを招く原因であり、かかる明細書が存在すべき筈でないのに、審決が強引にこれを引用して、原告の出願を拒絶したのは違法であつて、右審決は取り消されるべきものである。

第三、被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように答えた。

一、原告主張の請求原因一の事実は、これを認める。

二、同二の主張は、これを否認する。

引用にかゝる特許明細書記載の発明が、原告主張の特許権を侵害するものであるかどうかは不知であるが、仮りに原告主張のような侵害があつたとしても、これを公知文献として引用するのには支障なく、従つて審決には違法な点はない。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実によれば、原告の出願にかゝる本件発明の要旨は、「紙又は布の片面又は両面にヴイニール系合成樹脂を主成分とする塗料を塗附、圧搾、乾燥して、透明な紙又は布を得る方法」であるところ、その成立に争のない乙第二号証によれば、審決が引用した特許第一四二九九三号明細書(昭和十六年一月十日出願公告)には、「ヴイニール系合成樹脂を主成分とし、これに乾燥促進剤(ドライヤー)を添加した塗料溶液を直接布に塗布又に印捺して、布を透明加工し、又はこれに透明模様を顕出する方法」が、記載されていることを認めることができる。

よつて本件出願にかゝる発明と右明細書記載の方法とを比較すると、前者が乾燥工程を要素とするのに対し、後者がその旨を明示していない点を除いては、両者は一致する。

しかしながら、後者が塗料溶液中に乾燥促進剤を添加していることは、前記認定のとおりであるばかりでなく、「布を透明加工し、又はこれに透明模様を顕出する方法」自体の内容に徴しても、後者もまた最終工程として乾燥を行うものであることは自明であり、しかも前者も乾燥工程として特別の方法を内容とするものでないことは、前記発明の要旨に徴し明白であるから、この点においても相違は認められず、結局原告の出願にかゝる発明は、引用にかゝる刊行物に記載されたところのものと、実質的に同一のものといわなければならない。

三、原告は、右審決の引用にかゝる特許第一四二九九三号明細書に記載された発明は、原告の有する特許第七八〇六六号及びその追加特許第八六九二四号「表装用布製造法」と同一で新規性はなく、原告の右特許権を侵害するものであるばかりでなく、架空的な実施不可能なものであるから、審決がこれを引用して、原告の出願を拒絶すべきものとしたのは違法であると主張する。

しかしながら特許法第四条第二号は、特許出願前国内に頒布された刊行物に容易に実施することができる程度に記載されたものであるときは、これを新規な発明とすることができないことを規定するが、その刊行物が必ずしも特許明細書等有効な発明を記載したものであることを必要としないから、前記引用の明細書も、これを普通一般の刊行物としてみる場合、これに記載された事項について新規性の有無、特許の有効無効を問題とすることは無意味であり、更に、これが原告の有する特許権を侵害するものであるかどうかも、また本件出願発明の新規性の判断には何等の影響を及ぼすものではない。けだし出願人自身の発明であつても、これが出願前国内に頒布された刊行物に、容易に実施することができる程度に記載されていたときは、(特許法第五条、第六条に定める特定の場合を除き)(本件がその場合に当らないことは、いうまでもない。)該発明について新規性の喪失をきたすからである。

また前記乙第二号証の記載に徴すれば、引用にかゝる明細書に記載された方法が、実施不可能のものとは解されないから、原告の以上の主張は、いずれもこれを採用することができない。

四、すなわち、原告の本件出願にかゝる発明を特許すべからざるものとした審決は適法であつて、本訴請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

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